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65歳、男、マンション管理人

わたしは、2010年3月から中央区のマンションで管理人として働くことになった。

わたしは朝6時に起きて5枚刃で髭を剃り、アフターシェーブローションをつけ、ヘアリキッドで髪を整えた。そして朝食を済ませ、7時過ぎに出勤した。

職場に着いたわたしは、まず作業服に着替え、早速ゴミ出しに取り掛かった。この日は不燃ゴミであった。可燃ゴミと違って、週一回しか回収に来ないので、ゴミ置場の不燃ゴミの置き場所は、いつも満杯であった。けっこう大きなマンションなので、ポリ袋を一度に3袋ずつ持って30回ほど往復しなければならない。だからゴミ出しだけでも20分は掛かってしまう。

次に、わたしは建物周辺のゴミ拾いに取り掛かった。主としてタバコの吸殻だが、落ち葉や、酔っ払いが捨てて行ったワンカップの瓶やペットボトルなども片付けなければならない。

次に、エントランスホールやエレベーターホールを掃き、その後でモップ掛けに取り掛かった。特に雨降りの後は、とても汚い。

そして次に、各階を巡回し、落ちているゴミがあったら拾って、綺麗にする作業が残っている。

しかし、一服しないと体が持たない。わたしは持参したお茶を飲み、一息吐いた。そしてトイレに立ったが、そこで、はたと困ってしまった。まだ、17歳の女子高生の意識が残ってたのね。どうやって済ますのかわからなくなった。

仕方がないから、わたし、アンズちゃんを呼んで尋ねた。「ねえ、男の人って、どうやってオシッコするの?」

アンズちゃんは、うんざりした顔をして、呆れて言った。「こんなだったら、元の世界の意識を残すんじゃなかった。春奈さんは自意識過剰よ。知識と経験は自然に具わってるって、言ったでしょう。普通に振舞えばいいのよ。嫌だわ!そんなところ、見たくない!」

わたしはアンズちゃんに謝って、何とかズボンから取り出して、済ますことができた。「何だ、慣れると簡単!女の人みたいに脱がなくてもいいから手軽ね」

それから、わたしは各階を巡回し、ゴミを拾い、汚れのある箇所をモップ掛けして綺麗に拭き取った。

これで午前の部の仕事は、ほぼ終わりだ。午後には、ガラス拭きやエレベーター内部の雑巾掛け、そして共用廊下の手摺拭きが残っている。また、日誌も書かなければならない。

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28歳、女、英語高校教師

わたしが、英語の教師として都内の共学の私立高校で教えることになったのは、2005年4月のことであった。
「動名詞は~ingの形で、『~すること』と訳します。前に、こういう形をしたものがあったでしょう。そう、現在分詞ですね。でも、現在分詞は『~している』と訳すので、それとは意味と用法が違ってきます」という具合に、わたしの授業が続いた。
「・・・言ってみれば、動名詞は動詞を名詞化したもの、そして現在分詞は動詞を形容詞化したものと考えてね」
「先生、その二つは形が同じなんでしょう。じゃあ、どうやって区別するんですか。たとえば、be動詞の後に~ingの形が来たら、一瞬、進行形と間違ってしまうでしょう」一人の生徒が質問した。
「まず、訳してみることね。『~している』と訳せれば進行形なので、その~ingの形は現在分詞、そして『~すること』と訳せれば動名詞ということになるわね」
「他に見分け方はないんですか」優秀な生徒が尋ねた。
「一般的に、文頭に~ingの形があれば、それは動名詞ね。動名詞は結局、名詞なんだから、S(主語)として機能してることになるわ」
「でも先生、倒置になってる場合は、現在分詞でも文の先頭に来るときがあるんでしょう。また、動名詞でも、倒置になっていれば、C(補語)として機能してるときだってあるんだから、文頭にあるからといって、必ずしもSとして機能してるとは言えないんじゃないですか」
そのとき、わたし、クラスのみんなが何だかクスクス笑ってるような気がした。
『いけない!わたしの下着、丸見えじゃないかしら!』着ているセーラー服のスカートの丈を思いやって、わたし、教壇の上で顔が真っ赤になった。
アンズちゃんと約束したように、元の世界の意識を残すことにしたので、わたし、ぜんぜん違うお洋服を着てるのに、相変わらず丈の短いスカートを穿いてると錯覚したのね。高二の女子高生の感じで、わたし、思わずヒップを両手で隠すように覆っちゃった。
そしたら、「先生、一体何やってるの?」男子生徒がニヤニヤして尋ねた。
「まあ嫌だわ!あの先生、H体勢よ」女子生徒が呆れて言った。それを聞いて、みんなが爆笑した。
わたし、自分のお部屋に戻ってきて、『知識も経験も自然に身についてたし、そのときの人物になりきってたんだけど、まだ慣れてないのね』と反省した。

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意識は持ち越せるけど、経験と知識はバツよね

「今度の願い事は何なの?」アンズちゃんが言った。そう、アンズって、その女の子の名前よ。

「時間と世界の問題は解決したし、わたしが、どんな人間として生活するかは、その都度、自分で決めてアンズちゃんに要求する。それでね、一方の世界から他方の世界に移ったとき、前の世界の意識は残ってるの?」わたしはアンズちゃんに尋ねてみた。

「あら、春奈さんて、変な人!意識が残ってるから、おもしろいんでしょう。だって、別の世界に移ったとき、ワクワクしたいでしょう。仮に、前の世界の意識が、ぜんぜん残っていなかったとしたら、その都度、それだけよ。ただ、別人として二つの世界を交互に生活して戻ってくるだけ。ということは、本当の別人と同じことになるわ。でも、春奈さんが、そうしたいって言うのなら、別にかまわないけど・・・」アンズちゃんが、呆れて言った。

「まあ!わたしってバカね。確かにアンズちゃんの言うとおり。わたし、やはり意識を残すことにする。じゃあ、そういうことにしてちょうだい」

こうして、何とか、これからの方針を決めることができたんだけど、もう一つ、疑問が残ってたので聞いてみた。

「意識は残ることになるけど、前の世界の人の経験や知識は、別の世界に持ってこられるの?たとえば、40歳の人って、今のわたしと違って、ずいぶん知識や経験が豊富じゃない。それらを、高二のわたしが今の世界で使えるの?」 

「そうしたければ、そうしたら。でも、それって、かなり卑怯な気がするわ。だって、別の世界で別人になったんだったら、経験と知識は、そこだけのものでしょう。だから、そもそも別人になりたいんでしょう」

「なるほど」わたしは納得した。これで、やっと方針が固まったので、あとは、向こうの世界で、どんな人間に生まれ変わって生活するのかを考えるだけになった。そしたら、わたし、ほっとして、前よりいっそうワクワクしてきた。

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今とまったく違う世界は、どうかな・・・

時間の問題は解決したけど、一体どういう世界で過ごそうかなって考えたとき、不安がちょっぴり―。だって、いかにワクワクする世界に行ったとしたって、今の世界とあまりにもかけ離れていたら、行動できないじゃない。
たとえば、太陽が三つあったり、一日が15時間しかなかったりしたら、初めはおもしろく感じても、価値とか行動の基準が定まらないじゃない。もっと極端なことを言えば、ケーキを買って食べたら、しょっぱかったなんていう羽目になったら嫌よ。
だからね、わたし、思ったの。いっそのこと、今の世界と同じ世界にしようって―。「何だ、つまんない!」って思ってる子、いない?そんなことないわ。今の世界と同じでも、自分をガラリと変えるのよ。たとえば、年齢を40歳にしたり、身長を180センチにしたり―。ね、おもしろいでしょう。
とにかく、わたし、もっと考えてみる。

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時間を止めて別の世界へ

わたしは、まず、その女の子に、一方の世界で過ごしてるときに、もう一方の世界の時間を止めることはできるのって、聞いてみたの。そしたら、わたし次第だって言ってた。要するに、その女の子に、わたしが、そういうふうにしてほしいって、願い事として、はっきりと要求すれば可能だってこと―。
それで、わたしは早速、一方の世界から他方の世界に入った段階で、去った世界の時間は止まって、その瞬間、入った方の世界の時間が動き出すようにして、と頼んだの。
これで、とりあえず安心したわ。でないと、たいへんじゃない。あとは、向こうの世界で、どんな人間に生まれ変わって生活するのかを考えるだけ―。これは本当に想像しただけでもワクワクする。

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別の人生を送ってみたいけど・・・

まず、わたしが考えたことは、今の自分とは、まったく違う人間になって別の人生を歩んでみたいってこと。だって、せっかく掴んだ幸運なんだから、そうでもしないと意味がないわ。それこそ冒険ね。
それで、わたし、どんな人間として生きていこうかって、毎日、考えてるんだけど、まだ結論が出てないわ。
それから、一つ心配なことがあるの。それは、わたし、この四月で高二になったんだけど、仮に、そのお部屋の住人になって、そちらの世界で過ごす時間が多くなった場合、今の生活に支障を来すことになるんじゃないかってことなの。たとえば、別の世界で生活してる間、今の学校をお休みしなければいけないのかなって心配になってきたの。人間て、同時に同じ時間を別の人間として過ごせないじゃない。
なので、何か名案がないかなって、今、いろいろと考えてるの。

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夢が膨らむお部屋

こうして、わたしは自分の家のお部屋の他に、もう一つのお部屋を確保することができたの。
そこは本当に謎だらけ―。でも、その女の子を呼び出して、一つ一つ、わたしの願い事を要求するにしたがって、別の自分が成長していくような気がしてきたの。ふだん実現できそうもないことが叶えられる世界に入り込んだようで、何だか、自分の大胆な夢が、どんどん広がっていく感じがしてきたの。
しかし、ただ単に、おもしろいからといって、そこに行き、その子を呼び出して、見境なく何でも要求するんじゃなくて、自分が本当に何を望んでいるのかを考えてみようと思ったの。

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